はじめに

アカの他人同士が起こす奇跡、それが夫婦である。と、永六輔は語ります。昨今では婚活ブームが起こり、町興しや趣味を通じての婚活パーティと呼ばれるものが至る所で開催されていますね。

電車の広告やCMを経て、誰にとっても結婚という一大イベントを身近に感じることができると思います。もちろん、ADHD症状を持つ方にとっても関係のない話ではありません。

さて、本日はそんな結婚ができるか否かと家庭生活についてです。

私自身は、ADHDであってもなくても、このできる・できないに関しては「できる」という考えです。むしろ本人の意思次第だと思います。なので、ADHDがあるからといって結婚ができないとか、夫婦になるにしても何か特別なサポートがなければいけないというようなことはあまり考えていません。

あくまで本人が望むのであれば、充分可能なことだと踏んでおります。踏んでおりますが、私なりにADHDにとってこういうタイプは避けた方が良いのではと思う相手がいるのも事実です。

その説明に入る前に、ADHDの特徴をおさらいします。

1.ADHDと結婚

ADHDには、

①不注意

  • 物忘れをする
  • ケアレスミスが多い
  • 時間の管理が苦手

②衝動

  • 咄嗟の行動を抑えられない
  • 相当な額を買い物してしまう
  • 計画を立てずに行動する

③多動

  • 体のどこかが動いている
  • 気持ちが逸る
  • そわそわしている

簡単に説明すると、この3タイプがあります。

これが日常生活に置き換わると

  • 部屋が片付けられない
  • 待ち合わせに遅刻する
  • 財布やスマホをなくす
  • ついに衝動買いしてしまう
  • じっとしていられず、立ち上がってウロウロする
  • 予定が立てられない
  • 朝、起きる事ができない
  • 突然思い立って旅行に行く、外を歩く

等々。このようなことが起きます。

これを踏まえて、先ほどの話に戻ります。

あまりオススメしない相手がいると書きましたが、厳密には相手というよりも関係性の話になります。二人の間に順位がついてしまうような、いわゆる「上下」のある関係。この間柄はできることなら避けた方が良いのではと私は思います。

二人の立場に順位があるとどうなるか。極端なところだと、モラルハラスメントや家庭内暴力へ繋がりかねません。

ADHDをお持ちの方の中には、自己肯定が非常に低い方がいらっしゃいます。自分が全部悪いのだと思い込むあまり、ストレスの捌け口にされても致し方ないと耐えてしまう、もしくは気づかない場合があります。

忘れてならないのが、ADHDがあってもなくても、一人の人間であり、生き物です。

配偶者を上から目線で見るような、やって当たり前を前提とし、互いに尊重できない者同士であれば、苦しいだけではないかと思うのです。

それが好きだという方もいらっしゃいますので、本人が良しとするならそれで良いのだと思いますが。

ただ、どちらかと言えば「対等な関係性」の方が望ましいのではないかというのが私の意見です。友人のようでもあり、同じ目線で物事を見ることができる相手。ADHDであることを重視しない、一人の人間として扱ってくれる、そういう相手です。

上記に挙げたADHDの日常を見てわかる通り、普段の生活において不安な点はいくつもあります。財布やスマホを無くすなら、無くさないように預かる。また、財布の中にクレジットカードを入れないといった、夫婦生活の工夫は必須だと思います。

配偶者だけではなくADHDを持つ本人自身も、結婚を意識するのであればそういった工夫に積極的に関わる姿勢は大事ではないでしょうか。

話は変わりますが、以下は私が職場やプライベートで実際に聞いた、健常な夫婦の問題点(愚痴)です。

  • ゴミ出しを忘れる
  • 内緒で車を買っていた
  • 食事がコンビニ弁当ばかり
  • 気に入らないことがあると物に当たる、手が出る、怒鳴り散らす
  • 家事のやり方が全くわからない上に、お握りも握れない
  • 時間にルーズなので、飛行機に乗り遅れた
  • 化粧品の金額が高額である

お気づきになりましたでしょうか。実際のところ、ADHDであろうがそうでなかろうが、生活において起きている問題というのはそう変わらないのです。

だからこそ、できるもできないも本人の意思次第だと思います。

2.円満な家庭生活

夫婦になれば、今まで以上に良い面も悪い面も見ることになります。

ある程度は結婚する段階で、初対面で即入籍からの結婚生活というわけでない限り、それなりに一緒に過ごして、それなりに様々な面を見ているのではないでしょうか。

ただ、ADHDであるとわかって結婚に踏み切ったのであれば、症状についての理解はほしいところです。誰にでもできるようなことができない、というイメージが先行すると、相手に対してあまりよろしくない対応になりかねません。

そして症状のある本人も、自分自身の癖を把握しておくと後々が楽だと思います。その上で、生活の工夫という意味での対処法は考えておいた方が良いかと。

時間にルーズなら早めの行動を心掛けるとか、なかなか伝わりにくいなら1から10どころか30ぐらいまで説明をするとか、お金を散財するならお小遣い制にするとか。

些細な内容ですが、小さなこと一つ一つの積み重ねが最終的に円滑な家庭生活へ繋がると思います。

夫婦生活では殆どの場合、二人のどちらかに負担が多くなる傾向があります。

その結果、こんなにやってあげているのに、どうして自分ばかり。あれもこれもやってくれない。何でこんなことができないのか。と思うかもしれません。思ったその時点で二人の関係に順位がつきます。

相手のできないことはいくらでも探せます。それに対して自分の欲だけをぶつけても家庭生活は上手くいきません。

自分の物差しで相手をはかれば、欲がでるのは自然なことです。対等であることを勧める以上、相手に見返りを求めないというのも大切なことだと思っています。

そこで相手が見返りを求めないことを良い事に好き勝手やるのは違いますし、ADHDを盾にするのも違うと思います。可能・不可能なこと、譲れないこだわりや考え方に対して双方の落ちどころを探す努力は必要かと。

自分でできることは自分でやる。お互いがお互いのできないことに対して助け合えるというのが理想だと思います。

それをフォローというよりは、損得なしの持ちつ持たれつという関係とイメージして頂ければわかりやすいかと思います。

そもそも、相手のために行動することが幸せだと思えないようなら、円満な生活は難しいです。

おわりに

夫婦とは長い会話である、とはニーチェの言葉です。

「ADHDだから」というのは免罪符ではありません。結婚できない理由にはならないし、上手くいかない理由にもならないと私は思います。

ある程度の年齢にもなれば、「これぐらいわかるだろう、できるだろう」という固定概念が無意識に出てしまうこともご経験があるかと存じます。それに囚われないというのは正直なところ難しいかもしれません。

人間の意識の中では、できることよりもできないことに目が向きやすいそうです。長所と短所を思い浮かべてもらうと、長所に比べて短所の方が多いという方も珍しくはないと思います。

二人いれば、良いところも悪いところもたくさん出てくると思います。かといって、良いところがたくさんあるから当然上手くいくのかと言えばそうとは限らないし、悪いところが山の様にあっても上手くいく夫婦もいます。

良いも悪いもひっくるめて、自分であり相手であると思い合えるのがベストではないでしょうか。

だからこそ、結婚する前も後も、言葉をたくさん交わしてほしいと思います。大切なことは口にしてほしいとよく耳にしますので。