まだ娘は大きな集団と言うのは経験はしておりません。
たまに無認可の保育ルームに一時保育に預けるくらいで、後は兄ちゃんの習い事に付いて行くとかぐらいしかありません。
その中でもやはり気づかされる事って多々あります。

<妹・・2歳>
兄ちゃんの習い事に付いて行った際、同じく待っている幼児園児くらいの子が一人で廊下でポケモンのポスターを見ながら待っていたのを見た娘。
傍に寄り、「あそぼ」とニッコリしたかと思うと、同じ格好(廊下に腹ばいに寝ころび、立て肘を付いて足をバタバタ)をして、一緒にポケモンポスターを見てたりします。
そして、保育ルームに行った際。
やはり人懐っこい娘は、すぐに同じくらいの子供の所へ駆けより、親との別れの際に泣いている子を見ると、ヨシヨシをして手を繋いで「あそぼ」と言ったり。
保育ルームの先生の話によると、まだ一日の流れに沿った事を、決まった事をすると言う事を体で覚えてない分、すぐに流れに乗る事はまだ難しいようではありますが、皆と同じ事をしたがる(これは兄ちゃんも同じ)ので、すぐにそう言う事にも慣れるでしょうとの事でした。


<兄・・9歳>
特に学校でも学校を出ての放課後も、ADHDの特徴ともいえるものが突出してのトラブル等は全くなし。
習い事でもお友達が出来、楽しく通っている模様。
<兄・・小さい頃>
妹と同じく人が好きなので、自分から近寄って行くが、言葉より先に手が、足が出ていた。
相手を押してみたり、と言うのは日常茶飯事。。
次第に親も、子供が集まる所、多い所を避けるようになっていってました。

対人関係においても、やはり明らかな違いは感じます。
ただ、言える事は、もし、息子が生まれていた段階で、親以外の兄弟と言う存在がいたら、集団に入るまでに他にも色々と学べる事があったかもしれない。。と言う事。
これも、少し感じた事もありました。
今の娘には、生まれた時から心から愛してくれる兄がいて、我がままも聞いてくれて、遊んでくれる兄がいます。
そう言うある意味の環境と言うものを、息子にも与えてあげたかった。。
ないものねだりでのたら話は意味のない事ではありますが、今の息子と娘を見ていて、そういう事を思ったりもします。
又、娘も現在第一次反抗期のイヤイヤ期の真っ只中。
良い時だけではなく、本当に手を焼く事も多々あります。
息子の時には無かった苦労も多々あります。
そう言う意味でも、ない物ねだりが多すぎる親(私)ですが、個々をしっかりと見て、それぞれの持つ性格、困り感に対応していける親でありたいと思っています。