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衝動性による他害行為

2010.07.04

新しい幼稚園に受け入れてもらった後、やはり最初に一番目立ったのは、この衝動性による他害行為でした。


だからと言って、誰彼かまわずしばきまくる!と言う訳ではなく、例えば、それには必ずいくつかの理由がありました。

① 言葉での表現がまだうまく出来ない、うまく伝えられないので、ついボディランゲージの意味で手が出てしまっていた。
その手は本人的には相手の肩にさわろうとしたりする軽いものでもあったが、相手にすると叩かれた。。となる。


② 言葉の発育が遅いと、子供同士での言葉での挑発行為が重なり、カッとなって手が出る。
これは紛れもなく、喧嘩してやろう、相手をやっつけてやろうとして出る手。


③ テンションが高く、とっても楽しい時でも、良い事と悪い事の分別は付きながらも、ついつい誰かに触れていたい?と言う事もあってやってしまう。
(これが一番の問題でした。)


④ 皆とめずらしく楽しく遊んでいる時、面白がって砂を投げたりしてました。
本人は楽しかったようですが、それが危険な事であると言う事は解っていながらも、楽しい事優先!になると言う勝手気ままな思いには閉口したものです。

上記のように、幼稚園時代の始まりは、数々のトラブルから始まります。


ただ、結局何故そう言う行動に走るのか。。と言う事が当時は解らなくて本当に悩んだものですが、今となると本当に良く解ります。


息子の場合に大きかったのが、やはり、言葉での意思伝達方法の欠如と、経験不足による学習不足と言う物でした。


何故はっきりそこまで言い切れるのか?と言うと、そのままの息子が小学校に進学した際。

まだ服薬もしていなかった頃でも、今までの失敗を繰り返さないようにと言う思いから、そう言う手が出る、足が出る行為はなくなり、仲良く遊べるお友達が次第に出来て来たから。


障害の特性による本能と言えば簡単に片づけられてしまいますが、子供が成長する上で必要な物は、やはり「経験値なんだ」と言う事を約1年半ほどの幼稚園生活で学ばせて頂きました。

空気が読めない。。

2010.07.04

それまでADHDの様々な本などで、「空気の読めない子」みたいな事は、何度も読んではいましたが、実際にまだ私自身で体感する事はなく、漠然としていました。


それが幼稚園の参観日に行った際に、それを現実のものとして目にする事になります。

 参観日での給食の時間に、好きな所へ座って食べてもいいよ、と言う先生方の指導の中、息子はどの席へ行っても「あっち行け」「こっちには来るな」と言われて疎まれてました。

そう言う時の息子は、広いホールの片隅に逃げ込んで泣いてました。

それを見つけた私が駆け寄ると。。。


「僕だってお弁当が食べたいのに。。」


それが最初に私自身の中で空気の読めない息子を知る事になります。
今泣いているのは、お弁当が食べたい息子。

でも、本来なら何故ここまで皆に嫌われなきゃいけない?嫌われている事が悲しいの涙であっていいはず。。。

そう言う意味での空気の読めない息子に、人としての一番の大事な部分が欠如している事に気付き、愕然としました。


そう言う色んな経験をした幼稚園時代。

「人」にとって、「人の成長」にとって経験値と言うものは限りなく大きい物であり、それの有無によって0が大きく100まで動く時もあれば、0のまま動かない場合も。


そう言う意味でも、この幼稚園でさせて頂いた様々な経験は、間違いなく息子の中では記憶の中にあるものないものを含め、確かな「経験値」として、蓄積されています。


それが、そのまま小学校生活に繋がる事になるわけですから。

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