はじめに  宣告を受けて・・
 幼児期   個性的な子供
 学童期   学校では?  自傷行為  人との関わり  興味を持つ事
 成人期   仕事  人との関わり
 全般期   頭の中ぐるぐる  今、思うこと・・・

◇学童期の私
興味を持つ事
 音楽編

学校では?でも書きましたが、そう言う特異体質的な私に両親がいつも言ってた事の一つに、「人間誰でも得意な事が一つはあるはずだ。それを見つけなさい」と言う言葉でした。

それで見つけたのが私にとってはピアノであり、音楽でありました。

3歳からヤマハの音楽教室に行き出したのが最初で、2ヶ月もすると、最初に頂いた本を全て暗譜して弾けるようになり、当然教室に行くと先生からちょっとした注意と言うか指摘が入り、そこを直してきちんと弾くと、もう終わり。

他の子が、トロトロとしているのにイライラし、レッスン中には1人でする事もなく、じっと座っているのも苦痛だったので、チョロチョロと動き、教室のあった楽器店でピースを見るのがとても好きな時間でした。

それから音楽教室を卒業すると、個人レッスンに通い始める。
普段、勉強も嫌い、人に押し付けられるのも嫌いだった私が、誰に何を言われるわけでもなく、自主的に練習に打ち込めたのがピアノでした。

その集中力と言ったら今でも類をみないくらいの集中力です。
夏休みや、子供向けの面白いテレビがある時間帯も、ひたすら練習に打ち込んで来ました。

中学校に入ると、個人レッスンの先生が変わりました。
何故先生が変わったのかは、良く覚えてません。

ただ、厳しい先生でした。
でも、上達するのが目に見えて分かった私自身は、余計にのめり込んで行ったように思います。

が、高校に入ると、又先生が変わりました。
何でだろう・・・(-。−;)

この頃になると将来の進路を決めなくてはいけなくて、先生は音大への入学を薦めてくれました。
が・・・・・・
うちは女の子3姉妹。
両親が、「お前が音大に行くと、妹達も行きたがってうちは破産してしまう・・・」と言って来たのを切欠に、それまでクラシック一本でやってきた私も、他方向へと音楽の視野を広げて行く事になりました。



ジャズピアノを始め、ジャズバンドとのセッションをしたり(当時の先生がジャズバンドを組んでた)、結婚式の生演奏を先生の代わりに引き受けてピアノを弾いて演奏をした事もありました。

それでも・・・・・・
音大への道は諦められずに、自分で自分に課題を負わせ、「もし、今度のコンクールで最優秀賞を取ったら音大に行かせてくれる?」と両親に頼み込み、かなりの練習をしたにも関わらず、本番では数秒の時間OVERでアウト。

それからは、色んな方面で今まで以上に音楽を楽しんで来ました。
高校時代には、初めてのバンドを組んでキーボードを担当。

スコアなんてもらってなかったのですが、「この曲をやりたいから」と借りた一本のカセットテープから、全部のパートを譜面に起こしたり、自分のパートだけは既に耳コピーして覚えていたりと、楽しくバンド活動が出来ました。

音楽活動は、社会人になってからも続いてました。
新しい分野に挑戦して、パーカッションを担当したり、勉強しました。
オーケストラに参加したり、演奏会を開いたり。

私の人生の中で、人とは違う部分を持ち合わせ、自分ってどうしてこうなんだろうと悩んで来た中で、唯一音楽だけが私にとって良い意味での人との違う部分を発揮出来た事だったように思います。
打ち込める物に出会えた私はある意味LUCKYだったのかも知れません。

息子にも・・・・何か私の場合の音楽に代わるようなものを見つけてあげられたらと・・・・