ここでは、私の仕事についてです。結果を見てみると、やはりADHDのなせる業なんでしょうか・・・
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◇成人期の私
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| 仕事 |
長続きしない・・・?
何の自慢にもなりませんが、私の職歴は履歴書には書ききれないくらいの転職歴があります。
〜地元某県の田舎で〜
某県有名ホテルチェーンでの本部経理事務(2年10ヶ月)
某経理会計事務所(これだけは8年。。。)
某有名旅行代理店営業事務(半年くらい)
某不動産管理会社経理総務全般(半年くらい)
某建設業組合の経理事務(2年弱)
〜夫と結婚してから〜
某IT関連企業経理事務(1日!笑)
某IT企業経理企画部(1週間!爆)
某国営企業経理事務(半年)
某配達代行企業経理事務(半年)
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ざっと今まで初めての就職をしてから、9社ほども会社を転職してます。
もちろん、その理由は存在し、色んな人生の節目に重なった事もあるのですが、良く考えてみると、本来の飽きっぽい私の成せる業なのかも知れません。

基本的に、高校で覚えた意外にも私がはまってしまった「簿記」と言う分野を職業にした私でしたので、どこに行ってもやり方は違っても、やってる基本は同じと言う事ですので、自然に要領よく仕事はこなしていたようには思います。
もちろん、トラブルがなかったわけではありません。
私は整理整頓が苦手で、これは経理と言う職柄、あまり好ましくはありません。
先輩とトラブルを起こしたり、上司に怒られたり・・・・
必ずやっていた事は、仕事中、自前のノートを用意して、細かくメモを取っていました。
が・・・・ノートのどこにメモを取ったかなぁとそれさえ忘れる事もありました。
それでも、絶対に紛失したらいけないもの・・・・
伝票や領収書・・・・
これだけは、自分の中でこれだけは絶対にする!と決め、他の事がおろそかになっても、それだけは、自分で箱を作って入れてたり、自分なりのやり方でやってました。
その自分なりのやり方を見つけるまでが、結構時間掛かったりもしてたんですけどね・・・
後は、どう言う職場に転職しても、同じ方法でやる・・・それだけ・・・・
それでどうにかこうにか、自分なりの仕事を要領良くこなすと言う術を身に付けて行ったように思います。
それでも・・・・・・・
自分だけが頑張るのではなく、自分がやりやすいように人を動かす・・・
例えば一番苦労したのが、某建設業組合での経理。
小さい会社なので、ほとんど一切を引き受けなければならなく、仕事量は多い。
月に数回の支払いの期限もあるにも関わらず、現場に出ている本来伝票を挙げて、予算の管理をしている連中は忙しくて支払い関係の書類に目を通す事も出来ない。
まだかまだかと上から攻められる私は、一念発起して、伝票を回す際に、「●月●日●時が期限です、それ以降に伝票を回されても支払いは致しません。それによって発生する得意先とのトラブルはご自身で解決してください。会社は責任を持ちません。それが出来ないならば、期限を必ず守るようにお願いします。」
なる、通達を勝手に出したりもしていた。
「自分が仕事がしやすいように、周りを動かす」これが、私が仕事をする上でとても重要な事だったように思います。
自分の限界はここ!と自分である程度分かっていたので、それ以上の出来ない事に関しては、周りを動かす事によって補う。
何とも横着な事なんだろうと思うのですが、それで一連の機能が正常に動くのならば問題はないだろうと、上司も認めてくれました。
まぁ、基本的に大企業ではなく、小規模会社だったからこそ出来た勝手我侭な事なのかもしれないんですけどね。
この会社は、夫との結婚で地元を離れる為に退職。

それでも、一番長く続いた税理会計事務所では、周りに感化され、何と夜の専門学校にまで通ってました。
皆が一つの目標に向かって勉強する。
その目標は、税理士です。
私の場合、税理士の資格をとりたかったわけではないですが、人が出来て自分に出来ない事があると嫌だと言うとっても我侭な生意気な性格も持ち合わせている為に、何故か皆が通っている専門学校に一緒に通い出し、周りの協力もあって何とか資格は取ります。
その専門学校でもトラブルはありました。
それは、先生とのトラブル。
授業中、黒板に教科書の内容をぺらぺらと書いていく先生。
それを、皆にノートにとらせようとします。
私はもちろん、そんなの教科書に書いてあるので、大事なところだとすればマーキングしてればいいやくらいののりなので、ノートなんて取りません。
するともちろん、先生から指摘されます・・・・
ノートを取りなさいと叱られます。
「先生が黒板に書いてらっしゃる事は、全部教科書に書いてある事ばかりです。それなら、マーカーすれば充分です。教科書に載ってないような大事な事があるなら、それを教えてください。そしたらノート取ります・・・・」
学生時代を彷彿させるような、生意気発言です。。。
それでも、その私の発言に同調してくれる人はいたので、余計に私も天狗になってたのかもしれません・・・・
でも、私の解釈は、自分で働いて、自分の稼いだ金で勉強に来ている訳です。
自分の中で納得の行かない事を言って、何が悪いんだ!くらいの気持ちでした・・・(^▽^;)
正に、ADHDのなせる業でしょうね。
その会計事務所で、同僚のご主人が独立して不動産関係の仕事を始めたとの事で、その会社の経理総務を含め事務全般を頼まれた事もあって、会計事務所を退職し、そこへ転職。
が、その会社もすぐに潰れちゃいました(T▽T)アハハ!

それでも、所謂大手と言われる某国営企業でも働いた実績はあります。
意外にもそこでの仕事は楽でした。
一つの部署に大人数がいますので、それぞれに役割があります。
自分の役割だけをやってればいいんですね。
しかも、私のやっていた役割は、毎日午前中には郵便局に入金等に行く。
午後は、その日に入金された現金を数えて、クーポン等を数えて、翌日の入金に備え、伝票を整理すると言う事なので、適当に外出も出来、座りっぱなしではなかったんです。
これは楽でした。
それでもYUUを妊娠して即長期入院になった為に退職・・・><
 
私の職歴の中で、一番ひどかったのが・・・・・初出社1日でクビ!と言うものでした。
某IT関連企業経理事務で、採用されたのですが、住み慣れた田舎から夢の都会(笑)に出てきて初めての就職。
JR山の手線でのラッシュ時通勤は、私にとって、それだけで1日が終ったくらいの疲れがありました。
しかも、私の今までのキャリア&資格等を考慮され、いきなりの職階が「課長」。
ずっしーんと、重いものが体全体にのしかかります・・・・
初日は卒なく勤めはしたものの、翌日・・・・・
体がラッシュを拒否し・・・課長と言う役職を拒否し・・・・ストレスでストレスで・・・・・欠勤・・・・
はい、もちろん有無を言わさずにクビでした・・・(T▽T)アハハ!
最後に働いたのは、配達代行企業経理事務のお仕事。
経理と言う事で入ったものの、実際は色んな事を覚える良い切欠プラス、私自身が夫と結婚して覚えた色んなマシン知識を大いに生かせる楽しい職場でした。
ここでは、自分で使うマシンは自分で作ると言う事からしなければなりませんでした。
構築からセットアップ、ネットワークの構築もやらされました。
そして、夫から教えてもらって覚えたてだったアクセスやDB管理なども仕事の一つ。
SQL文を始め、色んな事もどんどん覚えて行きました。
新しい事を覚えるのが楽しいと思った職場でもありました。
しかし、この職場も、YUUの大火傷による入院により、退職・・・・
そして今は・・専業主婦。
私の性格を良く知っている主人は、これから先、生涯の仕事として、専業主婦を私に言い渡しています。
でも、私は仕事がしたかったんですよね。
家の中でじっとしてられない・・・・外に出て刺激が欲しい・・・・・・
これも、実は仕事が好きなのではなく、外に出て色んな刺激が欲しいだけの事だったのでしょうか。
これもADHDのなせる業?
(-_-;ウーン 良く分かんないや・・・・
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